陽だまりにのっそりと、パンダのぬいぐるみが鎮座している。
割と大きな図体は、マシュマロのような柔らかな素材で、白地に黒の耳と目の周りの模様。
雲が何時も後生大事に抱えているぬいぐるみだ。

なぜか今、持ち主は不在。

こういう事は珍しかった。

「はへ…、お一人っすか?」

畳んだ洗濯物を抱えて通りすがった包が、それを見つけた。
当然、一人きりのぬいぐるみは何も答えない。

「…きもちよさそうっすね。」

時刻はちょうど午睡の時間。
秋も大分深くなってきたとはいえ、窓から差し込む光は蜂蜜色で、それこそ眠気を誘った。

ふぁ。

包の口から大きなあくびが漏れた。
傍らの畳に、洗濯物の山をおく。
「ちょっと…失礼するっす。」
そのままパンダを枕に。
頭をのせると、蜂蜜色の光を浴びて、頭の中もまた、蜜の様にとろけてゆく。

5分もしないうちに、包はすーすーと寝息を立てていた。



「…何、これ」

窓から差し込む明かりがあまりにも心地よさそうだったので昼寝をしようと思ったのだが、千に呼ばれてしまった。
スープの味付けを見てくれという。
花華飲茶妖精隊の中では、雲が一番、スープ類が得意だ。
正直眠たかったので、家事を手伝わせられるのは億劫だったが、仕方なし、千の手伝いに回った。
しかし、この陽だまりを無駄にする手も無いだろう。
陽だまりの中に、パンダのぬいぐるみをおいておいた。
きっと、戻ってきたら、お日様のいい匂いになっているんだろう。
想像すると、少し胸が躍った。

何時も一緒に食事の準備をしている包の姿が見当たらなかったが、千に聞けば選択をしているのだという。

しかし、ぬいぐるみをおいておいた部屋に戻ってくると、包が洗濯物を放り出して、ぬいぐるみを枕に眠りこけていた。

(枕にしていいの、僕だけなのに。)

嫉妬心にも似た感情で、少しむっとする。

包は平和そうにへらへらと笑いながら、何か寝言をむにゃむにゃとつぶやいていた。
短いスカートから、白いタイツに包まれた脚が無造作に投げ出されるようにして伸びている。
少し屈んだら、スカートの中が見えそうだった。

――こういうの、無防備っていうんだろうな。

納得、と一人うなずいていると、たり、と包の口から涎が一滴垂れた。

ぬいぐるみが危ない。

それをみた途端に、雲は普段からは考えられない程の行動力で、ぬいぐるみを包から救助しにかかった。
救助方法はいたって簡単。
包の頭の下から、ぬいぐるみをひっぱりだせばいいだけだ。
ぬいぐるみを引っ張っている最中、包が、
「にゅふぅ…もう食べられないっすよー」
とかなんとか、随分とまたベタなセリフを言った様な気がするけれど、気にしない。
包のつけている大きな肉まんの引っかかりが取れてしまえば、あとは簡単だった。

一気に引っ張りとると、包が畳に頭をぶつける、ごっ…、と鈍い音が響いた。

「ほ、ほぇぇ?!」

流石に鈍痛はその眠りを妨げたのか、包が飛び起きる。
まぁ、起きはしたのだが、暫く寝ぼけた様子でオロオロとあたりを見回していて、その姿が結構滑稽で、雲は小さく噴出した。

「……あ。雲さん…」

一応このぬいぐるみが雲のものだと云う自覚はあったのか、肩を小さく揺らし笑う雲の姿を見て、包はバツが悪そうに苦笑した。

「…これ、僕のだよ。勝手に使わないでよ。」
「すまねぇっす…」
自らの腕の中に戻ってきたぬいぐるみを掲げてみせながら、不満を訴えると、包はぽりぽりと後頭部を引っかきつつ、頭を下げた。
「でも、触り心地も寝心地も、すっごく良かったっす!」
「…当たり前でしょ。」
僕のなんだから。

見当違いな力説をする包に、また苦笑が漏れる。
凄くやわらかくて、寝心地の良い、特別なぬいぐるみ。
そう、特別な。

「その子、名前はなんて云うんスか?」

余程寝心地がよかったのか、未だぬいぐるみをじっと見てくる包の声に、雲の動きが一瞬ぎこちなく、止まる。

「……え、と。」

特別な、大切なぬいぐるみだ。
名前だって勿論ある。
唯、なんとなく、少なくとも自分は男だっていう自意識もあるわけだし、女の子にぬいぐるみにつけている名前なんて告白するの、どうかな、なんて思った。

「無いなら、包がつけてあげるっす!」

何を思ったのか、包が意気揚々と挙手をした。
だから僕のだっていっているのに。

若干いらだちながら顔を上げると、包は最もらしく顎に手をあててぬいぐるみの名前を考え込んでいた。

「……せさみ。」
「ほぇ?」
「せさみさんっていうの、これ。」
「せさみさん?」

すぐに答えなかった雲自身も悪いのだろうが、観念してぬいぐるみの名前を言うと、包は少し、意外そうな顔をした。

「せさみ……ゴマ?」

今度は雲の方が意外な顔をする番で。
天界での包は、学校にいっても、決して“出来る”生徒ではなかったから。
人間界の語学を、簡単な単語とは言えすぐに出てきた事に驚いた。
「…うん。」
一瞬の間をおいて、雲はうなずいた。

「、」

包は一瞬何か言いかけるように口を開いてすぐ閉じ、「そっすか」と、かみ締めるように微笑んだ。

「悪いことをしてしまったっすね」
「本当にね。」

顔に似合わない毒舌を吐く雲に、包の眉尻が僅かに下がる。
微笑から苦笑に変わった包は、それでも僅かに背をかがめて、よしよしと雲と、それからぬいぐるみの頭も撫でた。

「もうすぐっすよ。」

雲の双眸が一瞬大きく見開かれて、すぐに細められる。
切ないとも微笑とも取れる表情で、雲はゆっくりと、うなずいた。

「きっと、大丈夫っす!」
 

 

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